大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和29年(う)1434号 判決 1954年10月30日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決拘留日数中、四拾円を本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意中、事実誤認の主張について。

しかし、原判決の挙示した証拠を綜合すると被告人は昭和二十五年十一月六日判示大分電報局で判示大分電気通信部の部長椙本吉之及び判示大分電気通信管理所の所長西村惣吉が、同電報局業務長二宮新一立会の下に同電報局職員馬見塚次男外六名の局員に対し、辞職方の勧告をしたが、その後、翌七日朝迄の間において右の旨を聞知するや、その辞職勧告を違法なものと解し、これに対する多数の威力を示して反対抗議闘争をする必性を痛感し、無断同電報局に立入つて同局内に勤務中の職員に右辞職勧告に対する反対斗争の意欲を高揚させるとともに、二宮業務長に辞職勧告の具体的理由の説明を強して熱烈な辞職反対斗争をしようと決意し、同七日午前八時五十分前後頃赤旗を持つた者一名を含む同志約四十名位と前後して共に多数の威力を誇示しながら無断入室を禁ずる旨の貼紙のしてあつた前記二宮業務長の管理にかかる右電報局本庁舎二階運用課東入口から同課室内に右管理者の許諾をうけずして立ち入つたとの原判決の認定したとおりの事実を認定することができる。証拠のうち、右認定にそわない部分は、原審の措信しなかつたものと解すべきで、証拠の取捨選択並びにその証拠の証明力に対する判断が経験則その他採証の法則に違背する点もなく、記録を調べても原審のした右事実の認定に誤は存しない。そして、右認定した事実は故なく人の看守する建造物に侵入したもので、それが刑法第百三十条前段の建造物侵入罪を構成することも明らかであるからこれを同罪に問擬処断した原判決は正当である。

論旨は、判示電報局内の立入に際し、守衛所の黙認をうけ許されていたので、どの課へ行つて誰に会うかは訪問者の自由であるから被告人が運用課室内に入つたことは建造物侵入にならない旨主張するけれども、構内に立ち入るについての守衛の黙認は社会通念上、外来者が通常立ち入り得べき場所を除き該建造物内の如何なる場所、如何なる部屋にまでも無断立ち入ることを許容するものでないことは多言をしないところであるから、無断入室を禁ずる旨の貼紙のしてあつた判示運用課室内に管理者の許諾もうけずその意見に反して立ち入つたことの明らかな本件において、被告人が判示電報局の構内に立ち入るに際し守衛の黙認をうけていたから判示運用課室内に立ち入つたことは罪にならないというのは首肯し難い。

論旨は又、大分電報局の不法なレツドパージに反対し、臨時職場大会開催中の運用課室内に入り組合側を応援したのであるから同室内に入つたのは正当な理由によるもので罪とならない趣旨の主張をするけれども、建物の管理権者がその管理権に基いてした無断入室を禁ずる旨の貼紙のしてあつた運用課室内には、当該組合員でも、右管理権者の許諾なくしては入室することができないのであるから、組合員でない外部の応援者たる被告人が右運用課室内に無断入り得ないことは言を俟たないばかりでなく又、仮りに大分電報局でなされた判示馬見塚次男外六名に対する辞職勧告が不当労働行為でありこれによつて同人等が不利益をうけたとすれば、それは法の許容する手段方法によつて合法的にその私権保護の為の救済を求むべきであり、レツドパージ反対斗争の名の下に、法秩序を無視して他人の管理する建造物内へ管理者の意思に反して無断侵入する行為にまで正当性を附与する理由には毫もならないのであるから、前掲認定のとおり無断入室を禁ずる旨の貼紙のしてあつた判示二宮業務長の管理にかかる判示運用課室内に判示目的を以て該管理者の許諾をうけず管理者の意思に反して立ち入つた被告人の所為が建造物侵入罪を構成することはまことに明らかであつて、正当な団体交渉権の行使若しくは正当な労働組合活動として立入につき正当な理由があるものとして違法性を阻却し罪とならないものということはできない。この点の論旨も亦理由がない。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違背等の主張について

(一)  論旨は、まずレツトパージの違法性を立証するため証人として通信局長近藤潔を原審法廷に喚問の申請をしたのに対し、原審が同人の証人尋問を許可はしたが、被告人等において公費で同証人を原審法廷に喚問できる権利を有することなどの理由により反対したにもかかわらず、同証人を熊本地方裁判所において被告人及び弁護人の立会なくして尋問したのは、憲法第三十七条第一項の保障する証人審問の権利及び公費で証人を求める権利を事実上奪つたもので、同証人の証言を証拠に採つたのは違法であると主張するけれども、憲法第三十七条第二項の法意は、その文理からするも証人尋問という事柄の性質からみるも、刑事被告人に対し証人はすべて裁判所に召喚して尋問する権利までも保障したものではなく、裁判所が諸般の事情に鑑み必と認めるときは、たとえ被告人側から証拠申請に際し、公判廷に喚問して尋問されたい旨の申出がなされていたにしても裁判所外において証人を尋問することはその禁止するところでないものと解するのが相当であるし、又裁判所が裁判所外において証人を尋問する場合、被告人及び弁護人に尋問の日時、場所を通知して、立会の機会を与え、被告人の証人尋問権を害しない措置を演じた以上、被告人及び弁護人の立会なくして証人を尋問したからとて、毫も憲法第三十七条第二項に違背するものではないといわねばならない。

ところで、本件記録を調べると原審における昭和二十六年七月三十一日分離第一、三、四併合第十九回公判期日において、弁護人は証拠申請として、証人近藤潔の取調請求をなし、同弁護人及び被告人から同証人を公判廷に喚問して尋問されたいと申し出たのに対し、原審はその証拠申請を採用し、受命裁判官をして同証人を同年八月二十三日熊本地方裁判所で尋問させる旨の決定を宣し、受命裁判官が同日熊本地方裁判所において、被告人及び弁護人の立会なく証人近藤潔を尋問していることは、所論のとおりであるけれども、原審は同証人の重性、職業、その他諸般の事情から必と認めて同証人を裁判所外に召喚する旨決定したものと推認されるし、受命裁判官による裁判所外の右証人尋問の期日及び場所等はその公判廷で指定告知されているので、被告人及び弁護人等は証人尋問に立ち会う機会を充分に与えられているのにかかわらず、熊本までの旅費がない等と主張して正当の理由なく右証人尋問に立ち会わなかつたものであるから、自己の恣意により自ら証人審問権を放棄したものというの外ないばかりでなく、原審は昭和二十六年九月二十七日前同第二十一回公判期日において、右証人尋問調書を朗読し、証人尋問に立ち合わなかつた被告人に、同証人の供述の内容を知る機会を与えて、審問権不行使による不測の不利益を被らしめないよう被告人を保護する措置を講じており、ただその際、被告人及び高木特別弁護人から同証人の再尋問の請求があつたのを理由がないものと認めてこれを却下しているけれども、記録上、その措置は相当であると窺われる(なお、同公判調書には、右証人の尋問調書につき、主任弁護人清源徹孝は「右被告人(中川宏(外一名)関係において、右証人尋問調書を証拠とすることに同意し、証拠調に意見はない旨述べた」との記載すらある)ので、原審が被告人側の請求を斥け受命裁判官をして裁判所外でさせた右証人尋問の証拠調手続には所論の憲法違反の事実なく、従つて、同証人尋問調書を犯罪成立の阻却事由の主張に対する判断の資料に供した原判決は正当であり論旨は全く理由がない。≪後略≫

その他、るる原判決を論難するが記録を精査しても、原判決を破棄すべき事由を発見できないので、本件控訴は理由なきものとして、刑事訴訟法第三百九十六条に従つてこれを棄却し、未決拘留日数の算入につき、刑法第二十一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 後藤師郎 大曲壮次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例